兵站局でお世話になっている ぷーたろう さんから、残暑見舞いを頂きました。雲竜型とは、また渋い。真夏の積乱雲をイメージしてのチョイスでしょうか。ありがとうございます。
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雲竜型空母は、戦時建造計画で計画された中型空母です。計画では15隻造る予定でしたが、実際は着工は6隻、完成したのは3隻にすぎませんでした。
この雲竜型ですが、うちの(?)伊吹とは少なからず関係があります。
こちらでも書きましたが、伊吹は、最上型重巡洋艦の5番艦として設計されました。
大和と武蔵、長門と陸奥等の例を見てもわかるとおり、通常、艦は2隻セットで建造されます。
5番艦である伊吹にも、対となる6番艦がありました。それが、仮称『301号艦』です。伊吹は、300号艦にあたります。
伊吹が起工したのは、4月24日。301号艦が起工したのが、6月1日。折りしもミッドウェイ海戦(1942年6月5〜7日)直前でした。
この1ヶ月が2艦の運命を分けることになります。
ミッドウェイ海戦で日本軍は大敗を喫し、主力空母4隻を一気に失います。これにより日本海軍は、急遽空母を増強しなくてはならないという事態に迫られます。
そこで計画中だった雲竜型空母は、一部設計を変更し、急増空母として造られることになりました。
設計は完全新設計の予定から、飛竜型の改良に、時間のかかる機関部は、現在建造している艦の物をまわしてもらい造ることが決まります。
(雲竜型が、同型艦同士で速度が異なるのはこのためです)
間一髪、進水の終わっていた伊吹は(5月末進水)そのまま建造が続けられることになりました。しかし、
起工したばかりの301号艦は、工事中断を命ぜられました。
そして機関部を雲竜型に譲り解体。名を得ることなく消えてゆくことになりました。
もっとも伊吹にしても、その後空母に改装され、未完のまま終戦を迎えることとなります。それでもわずかな差で、船として生を受けられたわけです。
運命とはそういった物なのかもしれません。
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『遥かなる艦船ちゃん』